2018年12月19日水曜日

順当すぎる外国語映画賞ショートリスト

昨日発表になった、外国語映画賞の最終選考に残った9本が、つまらない。

何がつまらないって、最終的に残る5本がほぼわかっちゃうようなセレクションなのです。混戦になるのに必要だったベルギー代表「Girl」とかスウェーデンの「Border」が漏れちゃったために、ファイナリストはほぼ間違いなく

メキシコ
日本
ポーランド
レバノン
韓国

になるでしょう。つまらん。

ここに割り込んで入ってくるとしたら、ドイツかコロンビアと言ったところなんだけど、どちらかが滑り込んだとしても、以前もノミネートされてる監督たちなので、あんまりサプライズにはならないのよね。ただ、正直両方とも強いと思えないし、ドイツがGGに入ったのとかほんとびっくりチョイスだったので、本戦は上記5本で行くと思われます。ちなみに韓国は入れば初ノミネート。

ドキュメンタリーもショートリストが出て、思ってた作品はほとんど入っておりました。こちらの方も順当に行けば

Free Solo
RBG
Three Identical Strangers
Minding the Gap
Won't You Be My Neighbor?

と言ったところでしょうか。

ま、最終的にどうなるかは1月のお楽しみなので、その時にサプライズがあることを期待しましょう。

2018年12月7日金曜日

GG (ゴールデングローブ賞)ノミネーション発表

昨晩、ゴールデングローブ賞のノミネーションが発表されました。いや~、興奮した。いつも変なチョイスをちょいちょい入れてくる外国人記者クラブ、今年も想定外がたくさんあったんだけど、その想定外がいつものパターンとは違っていたのでびっくり。個人的には面白い結果になりました。

一番嬉しかったのは、主演男優賞ウィレム・デフォーのノミネート。今年のヴェネチアで男優賞を獲ったゴッホ役だから、当然と思う人もいるかもしれないけど、いつものGGパターン(=人気者を優先)だと、ここはライアン・ゴスリングに行く可能性の方が高かったわけで。確実視されていて結局スルーされちゃったイーサン・ホークでさえウィレムに比べたら若いし人気もあるからね。ここに入り込むのはかなり難しいかなと思っておりました。ふたを開けてみたら、意外や意外、ウィレムやブラッククランズマンの人とかがノミネートされて、これはかなり意外かつ嬉しい結果でした。

主演女優賞のロザマンド・パイクには驚いたけど、今まで彼女をノーマークだった人も多いと思うので、ここでの注目は彼女にとってはかなり大きかったと思います。予定通りグレン・クロースがノミネートされたことにはホッとし、他の3人については想定通りだったのでこれと言った感想はない。今年の主演女優はコメディ部門にノミネートされているオリビア・コールマンやエミリー・ブラントも強いから、本線のノミネートはまだまだ油断が出来ません。今まで6回受賞を逃しているグレンには、ぜひとも本線まで頑張ってほしいのだが、前哨戦を今のところ一つも取ってないのが気がかりです。

ゴールデングローブは、オスカーの投票者とは全然関係のない面々が決める賞なので、直接的にはあんまり気にしなくて良いのだけれど、とはいえこの賞、本戦のノミネート投票日前日に授賞式があることが味噌。オスカーの投票権を持つ業界人は皆、GGの授賞式も見るわけで、ここでどんな印象を与えられるかで、ノミネーションに影響を与えることも出来ちゃうのです。数年前のメリル・ストリープがまさにそれで、GG発表まではノミネーションのフロントラインにいなかった彼女が、あのエイミー・アダムスを押しのけて5人目に滑り込んだのは、GGのセシル・B・デミル賞受賞スピーチが素晴らしかったと言う理由のみによるもの(私見)。つーかあの年エイミー・アダムスがノミネートされないって本当にどうかしてるってことは、「メッセージ」を見た人なら誰でもわかると思うんだけど、そんなおかしな結果に影響しちゃうような、そういう副作用(?)的な影響があるのがGGの授賞式なわけです。「注目を集める」と言う露出的な意味合いや宣伝面での影響が大きいこの賞なので、やはりここでノミネートされた小さな映画たち、とくにこれから公開を待つ作品(ニコール・キッドマン=デストロイヤーなんかがそれ)にとっては、今回のノミネートはかなり追い風になるよなあ。

とは言いつつも、一番大事なのはやはり、投票権を持つ人たちが何を支持するかです。少しずつ発表され始めた前哨戦の結果を見る限り、今年はかなり混戦模様。まだまだどうなるか分かりません。今後の動きで一番注目は、来週水曜日12日に発表になるSAG(全米俳優協会)のノミネーションで、そこで誰が残って誰が振り落されるのか。その結果いかんでは、イーサン・ホークもトニ・コレットも、まだまだ無視できない存在になるわけで、いや~~~~~、ドキドキは続くわけです。

2018年11月12日月曜日

ドキュメンタリー豊作の年に、評価の低いマイケル・ムーア

今年はなぜか、ドキュメンタリーのヒットが続いている。女性最高裁判事を描いたRBG、生まれたばかりの時に里子に出された三つ子の人生を描いたThree Identical Strangers, フリークライミングで見ていてくらくらすると噂のFree Solo、とにかく候補になりそうなドキュメンタリーが目白押し。年代的にドンピシャな私に響くケヴィン・マクドナルド監督Whitney はホイットニー・ヒューストンの家族の全面協力のもと作られた作品で、これまたかなり出来がいいとのうわさ。とにかく見ごたえありそうな、注目ドキュメンタリーがものすごくたくさんある中、元祖ドキュメンタリーの巨匠マイケル・ムーアの「華氏119」を見てきた。

正直、私はムーアがあんまり好きではない。史上最高額の興収をたたき出した「華氏911」は、時流に乗って調子に乗りすぎるムーアが感じられて、正直引いた。カンヌでパルムドールを獲った直後、ニースの空港でたまたまムーアを見たけど、自分は白けていたことを思い出す。自己主張が強くて、偏りきっていて、メディアをうまく使って見ている者を操るムーアは、私にはちょっとトゥーマッチで、どうしても好きになれない監督だ。そんなわけで今回の「華氏119」は、私にとっては見る理由がない映画で、ああまた偏った政治主張を繰り広げるいつもの映画を作ったんだな、くらいにしか思っていなかった。劇場で見るつもりはさらさらなかった。

そんな中、仕事の流れでギャガにもらっちゃったムビチケ。貰っちゃったら見ないと失礼だからね。とりあえず見ることにしました。日曜日のシャンテ。16時10分の回。入りは半分以下くらいかな~。入ってませんでした。まだ2週目始まったばかりなのにね。まあそうだよね。マイケル・ムーアのいつものドキュメンタリー、私だって見る気なかったし、みんな見ようと思わないよね。

でも今回は違ったんです。いつもの有り余る怒りとか、調子に乗ってる感じとか、シニカルになんでもパロディにするところとか、あるにはあるんだけど、私はそれよりも、なんだか悲壮感みたいなのを強く感じたんだよね。今回のテーマ、選挙とトランプ批判についてのものだとばかり思っていたんだけど、実際に見たらそうじゃなくて。描かれていたのは、現在のアメリカを作り出したのはアメリカ国民そのものだということと、悪いのはトランプだけではなくて、オバマ政権下でじわじわと大きくなっていった国民や政治家の無関心ということ。政党と関係なく、既存のルールに甘んじている古い体質の政治家が国民を不幸にしていて、その中で声を上げる持たざる者たちもちゃんといるんだということが、絶望感にも似た悲しみと共に叫ばれている気がして、私は今までのムーア作品の中で一番感動してしまったのでした。

作品の中心になっているのは、ムーア自身の故郷ミシガン州フリント。このフリントが、そこに住んでいる市民が、国家によってまるでモルモットのように扱われているエピソードが紹介される。フリントと関係のない私たちにすら衝撃的なのに、ここ出身のムーアにとってはどれだけ辛いことだっただろう。今回の作品は、この10年の彼の作品のどれよりも、私にはパーソナルに感じられ、ムーアの真剣な祈りが伝わってきたように感じたのでした。

作品の中には、先日中間選挙で下院議員に初当選した女性議員の数人が出てきて、そこのくだりには、見ている私たちも勇気と希望をもらえる。作品の中には本当にいろいろな問題やテーマが盛りだくさんで、詰め込みすぎな感や長すぎる感は否めない。でも、その不完全な感じも含めて、私にはリアルな叫びに感じられ、今までの出来の良いムーア作品よりも、心に訴えるものがあったと思う。

アカデミーも観客も、マイケル・ムーアに食傷気味な感じがあるのは確かだと思う。特にドキュメンタリーが豊作な今年、この作品は5本の一本に選ばれないかも知れない。でも、この作品を見た人は皆、たぶん政治について、差別について、目指すべき社会について、いろいろ考えると思うし、心を打たれると思う。あんまりお客さんは入ってなかったけど、今回こそもっとたくさんの人が、見てくれると良いなと思う。

2018年11月9日金曜日

Netflix が許せない

今年もとうとうやってきました。オスカー前哨戦前夜。今年は11月末にすでにNBR発表らしいです。オスカー自体が2月末だからかな。2020年のオスカーは2月初めになるらしいから、来年はもっと早いのねと思うとなんだか、もうどうしていいのかわかりません。

さて、今年のオスカーで有力候補の筆頭に挙げられている作品に、アルフォンソ・キュアロンのROMAがありますが、こちらネットフリックス制作です。去年のMudboundしかり、ネットフリックスがお金を出して、素晴らしいクリエーターたちが思うように映画を作ることに関しては、素晴らしいと思います。ROMAはネットフリックスの方針をあえて変更し、ちゃんとした劇場公開もするらしいし。今後もそうなってほしいものです。

で、ネットフリックスが映画業界に貢献している部分については否定する気もないし、Stranger Things とかOITNBとか面白いテレビシリーズを作っていることも素晴らしいと思う。ただ、私にはどうしても許せない、納得できないことがあるんです。それは、どの映画を見てても、クレジットが始まった瞬間画面が切り替わり、次の作品の宣伝が映ること。

映画は、作る人、演じる人があって初めて出来上がるものです。クレジットを最後まで見ない人がいることはわかりますが、見ない行為はオプションであって、デフォルトはやはりクレジットを見せるべきだと私は思います。この素晴らしい作品のあの役を演じていた俳優の名前はなんだろう?と、楽しみにみていると、突然クレジットが左上の小窓に収められ、私たちは一気に現実世界へと引き戻される。この、映画ファンを愚弄するような行為が私には耐えられないのです。

ネットフリックスは映画会社ではなく、あくまでIT企業です。普段はそんなこと思わないんだけど、こういう瞬間に私はいつも、この事実を思い知らされます。日本の視聴者をもっと取り込みたいなら、ネットフリックスはローカルのオリジナル番組を作るために躍起になるのではなく、映画ファンを大事にする施策を講じてみてはいかがでしょうか。

2018年10月12日金曜日

91回目のオスカー、ウォームアップの時期到来

オスカー前哨戦の季節になって参りました。本当は、町山さんがトロント報告をぶちかますTokyo Cinema Show の前に一言書いておくべきなんだろうけど、いかんせん怠惰で間に合わず。すみません。

今年はどうやら質的に結構高い年のようで、ベネチアで金獅子を獲ったキュアロンの新作ROMA、相当話題になってます。チャゼルもバリー・ジェンキンスも新作あるし、久々のスティーブ・マックイーン(生きてる方)もトロントで話題になっておりました。個人的には全然興味のない「アリー スター誕生」とかも出来がいいらしく、ゴールデングローブには絡んでくるでしょうね。そんな中で、すこぶる評判が良いのは、”あの”ファレリー兄弟の片方ピーター・ファレリーが撮ったGreen Book。こちら、当確のにおいがします。なんだかめっちゃいい映画らしいよ。

がしかし、私が一番見たくて、今回のオスカーでがつんと絡んできてほしい一番の作品は、「女王陛下のお気に入り」。われらがヨルゴス・ランティモスの新作です。皆さんはヨルゴス、ご存じでしょうか。「籠の中の乙女」という、狂ってるけど秀逸なものすごくオリジナルな作品の監督です。ヨルゴスは数年前に、「ロブスター」でオスカーの脚本賞にもノミネートされました。今回は、満を持して本線に絡んでくる予定です。もう、ヨルゴス本人を見るのが楽しみでしょうがない。ヨルゴスもいつの間にか、かなり市民権を得たようで、今回の作品にはエマ・ストーンなんかも出ています。私の大好きなレイチェル・ワイズも出ていて、まあとにかく絶対面白そうなのよ。もう見たくて見たくてしょうがない。でも内容はよく知りません。

こちらの「女王陛下のお気に入り」は、重要な役者がみんな女性のようで、ヴェネチアでも最優秀女優賞を獲ったりしてたので、きっとこの中から何人かが、主演や助演でノミネートされるのでしょう。GaGaなんかより、よっぽど見たいよね、本当の女優達。今年の主演女優賞で、もう一人注目なのが、「天才作家の妻」のグレン・クロースです。もはや説明も要らない名女優ですから、ノミネートは確実なんじゃないかと期待しておりますが、彼女はまだ一度もオスカーを獲ったことがないのです。ノミネートは6回もされてるのに。グレンと言えば、私的には「危険な関係」。情事ではなく関係の方の彼女が大好きです。80年代から90年代に黄金期を迎えていた彼女は、アカデミー賞の常連でしたが、最近はすっかりなりを潜めてしまっていたので、今回は久々に会場で彼女を見たい。名女優ですよ。ハリウッドの宝です。アホみたいに会員数を増やしちゃったアカデミーが、昔の名女優に投票するかどうかは未知数ですが、グレンのオーラが会場を黙らせることを、私は今から期待してます。ちなみにこちらの作品見ましたが、彼女は本当に素晴らしいです。

ところで、今年の外国語映画賞、メキシコ(ROMA)もポーランド(COLD WAR)も5本選定確実だと思うんだけど、こちらの2本、白黒なのよね。チャン・イーモウのShadowsまでノミネートされたらどうしようと思ってたけど、これは残念ながら中国代表には選ばれず。是枝さんの万引きは5本の一本に入る可能性はあるのかもだけど、正直獲るとは思えないわ。

なんだかとりとめもない内容で結構長くなってしまったので、今日のところはこれくらいでやめておきますが、これからが本番。楽しい季節の到来です。

2018年7月19日木曜日

カメラを止めるなを止めるな!

今年もあっという間に半分が終わってしまいました。終わってすでに18日も過ぎちゃったけど。半分終わったということは、オスカーシーズンのウォームアップを意味します。昨日今年のベネチアのオープニングはダミアン・チャゼルの新作だってニュースが出てたけど、すなわち一つ目のオスカー候補のお披露目が決まったってわけね。

あいにくこの夏はベネチアに行かずに秋を迎えそうですが、トロントには行くつもり。オスカー候補が何本見られるかしらと思いつつ、それより今の私は先週末に見たオスカーとは無縁の作品で頭がいっぱい。そう、巷で話題の「カメラを止めるな!」です。

この映画、友人に誘われて二人で見に行ったんだけど、正直なんも知らなくて。ただ、業界紙で「毎日満席」っていうニュースは流れてて、知り合いなんかも見に行ったっていうツイートしてて、話題になっていることだけはうっすら知っていた。でもそもそも邦画はほとんど見ない私なので、本当に作品の情報は知らなかったさ。

オンライン予約ができない池袋シネマロサに着いたのは上映2時間前。すでにほとんどの席が埋まっていて、結局この回も満席でした。作品が始まってしばらくは、「あ~、いろいろ趣向を凝らした自主映画なのね。でも穴だらけ」なんて思って見ておりました。後半でそれが全然違う展開を見せるとはつゆ知らず。。。

相当数の外国映画の脚本を読んできた私だけど、この作品の脚本のすばらしさには脱帽でした。伏線の回収の見事さだけじゃなくて、自主映画でしか成り立たないこのだましというか映画の成り立ち。300万の製作費で作ったとは思えない完成度の高さと、300万で作ったからこそ成立するこの作品のアイディア。これ、有名監督が思いついたとしても、有名人で作ったら同じ作品にはなりえないんだよね。それが素晴らしい。こういう映画こそ、作って当てた時の喜びはひとしおなんだろうなぁ、と、ちょっとうらやましくなりました。

劇場内は、見ている間は爆笑の渦で、終わった後には自然と拍手が起きて、私はとっても幸せな気分になりました。映画人としては、勢いのある良い作品を見ることほどうれしいことはない。こんな映画が生まれる日本の映画業界、捨てたもんじゃないね。

2018年5月24日木曜日

#アトロクなんとか無事終了

宇多丸さんの新しい番組に出演してきました。

カンヌから帰国して1週間経つも、全然時差ボケが抜けずにかなり寝不足だったため、オンエア中はジェーン・スーの実況で「声を張れ」と言われていたともつゆ知らず。しゃべりなれない内容だったので緊張しましたが、何とか終わってよかった。トレンド入りしたって言われてすごいびっくりだけど、このメラニーさんは私じゃないのでは。。。

ところで、ジェーン・スーの実況の中に「目撃したハリウッド俳優を言え」というのがあったので、一応覚えているのをここに書くと、今年はジェシカ・チャステイン、ペネロペ・クルス、マリオン・コティヤールを見ました。マリオンが超キレイだった。過去で言うと、パーティで後ろ向いたらスパイク・リーがいた、とか、ホテルで打ち合わせするのにロビーに座ってたら向かいにスティングが座ってた、とかいうのがある。エレベーター待ってたらチャン・ツィーイーがいたり。ハリウッドの人たちはいろいろ見かけてるけど、あんま面白味がないので、やっぱり私は叶姉妹に挨拶されたり、出川さんが地元の男の子たちがじゃれあってるのをやさしい目で見守ってたり、誰も日傘を差さないカンヌで巨大な日傘をさして前からサトエリが歩いてきたりっていう、日本人との遭遇の方が面白いわ。

今日はとりとめのない話をしてしまった感があって反省だけど、聞いてくださった皆さん有難うございました。次回はまたオスカーの話でお会いしましょう!

2018年5月18日金曜日

レバノン映画の衝撃ー第71回カンヌ国際映画祭

70回の節目を過ぎ、71回目を迎えた今年のカンヌ映画祭。ケイト・ブランシェットをはじめ、豪華な審査員のわりに地味なラインアップで迎えたコンペティション部門には、日本映画2本を含むアジア映画がずらり。なんだか不安、と思いつつ明日はもうクロージングですが、ここまでで評価が高い作品は軒並みアジア映画です。素晴らしい!

そんな中、私が本当に感動した作品は、レバノンの女性監督ナディーン・ラバキーのCapernaumなる作品。タイトルを発音するのも覚えるのも無理なんだけど、本当に素晴らしい心にしみる作品でした。

舞台はレバノンのスラム街。主役は12歳のゼインという名の少年。出生証明もIDも持たず、無数の兄弟姉妹とその日暮らしの彼は、一番心を許している一つ年下の妹が、数羽の鶏と引き換えに地主の男に売られた時、絶望して家を出る。別の町にたどり着き、不法移民の女性ラヒルのもとで、彼女の赤ん坊ヨナスの面倒を見ながら暮らし始めるが、ある日ラヒルは姿を消してしまう。ゼインはヨナスを連れ、ラヒルを探し回るが。。。

12歳の主人公ゼインは、ほぼ全編にわたり一人で映画を引っ張る。1歳足らずの黒人の赤ん坊ヨナスが、となりで彼の演技を支える。2時間余りの作品で、観客の目をくぎ付けにして離さないこの二人の演技。一体監督は、どうやってこの演技を引き出したのだろう。作品は、レバノンの古く雑然としながらも美しい街並みや、この社会の不条理、貧困、無教養、犯罪という悪の連鎖を次々と描き出し、私たちの胸は締め付けられると同時に、時折出てくるユーモアに救われる。絶妙なバランスの見事な腕。私より一つ年下のアジア人女性監督が、こんな素晴らしい作品を作っているなんて。感心と感動が一緒に押し寄せた。

この作品の成功には、編集者の力も相当大きい。今アメリカで活躍する日本人編集者の上綱麻子さんと先日食事をしたときに彼女が言っていたことを思い出す。映画とは、監督の制作物であることは勿論だが、数百もあるショットの中から、俳優のベストの演技を選び出してつなぐのは編集者の仕事。だから、編集者とは俳優との間に直接的な特別な関係があり、俳優の演技を生かすも殺すも編集者の腕にかかっている。この話を聞いてから、私はずいぶん映画の見方が変わった。今回の作品はまさに、何時間も取り続けたであろう赤ん坊の演技を選りすぐり、全く不自然のない形で見事に繋げた編集者の勝利でもあると思う。

いつもより一日早く始まった今年のカンヌ映画祭は、明日の土曜日授賞式を迎える。Capernaum がどの賞を獲るのか獲らないのか、これはもう審査員の一存によるものなのでどうしようもないが、ジェーン・カンピオン以来の女性監督パルムドールがこの作品だったら、とても嬉しいなと思う。そこに行かないのなら、せめて監督賞か主演男優賞、もしくは編集賞のどれかが獲れると良いな。その先にあるのは、来年のアカデミー賞外国語映画賞。ぜひ5本の一本に残ってもらって、レバノン初受賞を見せてほしい。

2018年3月11日日曜日

90回目の授賞式で思ったこと

昨晩宇多丸さんのところで今年のオスカーの総括をし、とりあえず2017年度のレースが一段落しました。1月から本当に楽しい2か月でした。

今回の授賞式の感想は、結果的にセクハラ騒動の影はだいぶ薄まって、政治的とは言え友好的な式になったな、と。女性の権利とかセクハラ、レイプに関する被害者意識の訴えよりも、もっと広い意味での差別撤廃とかダイバーシティが注目され、「シェイプ」と「リメンバーミー」の複数受賞+世界一イケてる婆さんに違いないリタ・モレノの登場+チリの「ナチュラル・ウーマン」の受賞なんかで、Viva Mexico! Viva Latin! という印象が強く残りました。人種、異文化ってだけじゃなく、作品賞の主役は聾唖であり相手は異星人?と、ダイバーシティ以外の何物でもない。ある意味、時代を良く映した受賞結果だと思います。

デルトロは本当に皆さんに好かれている素敵な人のようで、彼の受賞にみんながハッピー、というのがとても印象的でした。スリーアミーゴズの中で一番年下、最後の受賞になったけど、3人全員が5年以内に立て続けに監督賞を受賞することになるなんて、本当に素敵な話です。デルトロのような、生粋のジャンル映画監督が、ジャンル映画で作品賞を獲る日が来るなんて、私は全く想像できなかったけど、これが90年を迎えた新しいオスカーなんだなと、ポジティブな変化と思います。80年代のリドリー・スコットとかスピルバーグがちょっと不憫だけど、時代というのはこうして変化していくものなのですね。

2018年3月5日月曜日

1年で一番好きな1日が終わりました

皆様、アカデミー賞鑑賞お疲れさまでした。

24部門中21部門的中というのは正直できすぎな話で、私のオスカー予想人生でも今までで一番良い成績だったので、なんだか嘘みたいです。

一番嬉しかったのは短編実写のThe Silent Child を当てた時。ここは下馬評ではDeKalb Elementary が優勢で、世相を考えるとそれなんだけど、自分が見たいのはThe Silent Child の方だから、って理由で賭けたので、本当に嬉しかった。一番悔しかったのはやっぱり昨日まで迷った脚本賞かな。ここで作品も外したってわかっちゃったから、あーあ、と思いました。でもどっちの可能性もあると思ってたし、こんだけ当てたから結果オーライ、大満足です。

今日はわくわくドキドキで朝の6時から起きていて、今の今までオスカー相棒と総括をしていたので、色んな感想はゆっくり考えてからまた書こうと思います。土曜日にラジオでもまたお話しする機会を頂けるみたいなので、その時までに考えをまとめとかないと。

明日からまた来年に向かって、一生懸命映画鑑賞頑張ります。

2018年3月3日土曜日

作品賞、シェイプVSビルボードですっげえ悩み中

大体決めた。

後はシェイプを作品賞にして、脚本をゲットアウトにするか、作品賞も脚本賞もビルボードにするかを最終的に決めるだけ。

97年度タイタニックの年みたいに、おおかたの賞は一つの作品(タイタニック)に行くんだけど、俳優二人は他の作品(恋愛小説家)に行く、っていうパターンの場合はシェイプが作品賞で4~5部門受賞。この場合、珍しいケースで編集も脚本も獲らないのに作品賞を獲るってパターン。最近だと「アーチスト」がそれにあたる。この可能性は結構高い気がする。普通じゃない映画が獲るって意味でも「アーチスト」に似たとこがあるし、主演男優を除いては、獲ってる部門も監督、スコア、コスチュームと、今回私が賭けようと思ってる部門と似てるから、これ結構ありなんじゃないかな。

よくあるパターンで作品、俳優(今回は主演女優と助演男優)、脚本を獲るって場合はビルボードが作品賞で4部門。この場合はゲットアウトは手ぶらで帰ることになるけど、それは充分あり得る話。現時点ではこっちのパターンにしようかと思ってるけど、この場合は「レディバード」「ゲットアウト」の2本が手ぶらで帰ることになる。授賞式では#Time's Up に時間を割いたりかなりのスポットライトを当てるらしいから、そんな年にマイノリティ代表の2作品を手ぶらで帰していいのか?っていうのが気になるところ。

今のところ後者に賭けようかと思ってるけど、まだまだ悩み中。最終的な決断は月曜日の朝ギリギリになると思うけど、あと一日頑張って悩みます。

2018年3月2日金曜日

2日前の雑感

日本アカデミー賞授賞式の放映を見ながら悩みに悩み中。にしても、アメリカよりも組織票が効く日本の賞で、ド級インディー作品で主演女優賞獲った蒼井優、立派です。

で、本線。本当に何が獲るかいまだに全然わかりません。昨日シェイプオブウォーター見てきました。すっごい面白かったけど、やっぱりデルトロだよな、と。圧倒的にファンタジーやジャンル作品が認められないアカデミー賞で、この作品がもし作品賞を獲ったらこれこそ歴史を塗り替える快挙なんだけど、一方でこれが獲ったらアバターとかE.T.とかかわいそうって思うところがあります。なので私の結論としては、やっぱりシェイプには入れるのやめようと思っている今。ま、この結論は月曜日の朝まで揺れに揺れますが。

ちなみに昨日から今日にかけて決めたことが一つ。今年の最多受賞は作品賞を含め4部門と決めました。すなわちかなり割れる年の予想。シェイプが作品賞を獲るとなるとこれが崩れて6部門くらいになるんだろうけど、私の予想はシェイプが獲らない方にしようと思ってるので4部門です。ちなみにたぶんシェイプも4部門くらい獲る計算。ダンケルクも3部門は入れようと思ってる。そのほかにも、ブレードランナー、チャーチル、Coco辺りは2部門入れるような感じで、ちょっと数を散らそうと思っております。あくまでも今の時点の話だけどね。

泣いても笑っても月曜日にはジェーンさんのツイッターで発表しないといけない私の予想。これから二日間、悩みに悩んで頑張ります!!

2018年2月26日月曜日

90回目はかなり楽しい#3

どのエントリーも平均3人にしか読まれていなかったこのブログ、先ほどジェーン・スーさんが紹介してくれたら、1時間で300人くらいビジターが増えました。渾身のダニエル・デイ=ルイスについてのエントリーを読んで頂いた皆様、本当にありがとうございます。恐縮です。

そして先週末タマフルのアカデミー賞予想特集をお聞きくださった方々、ご拝聴有難うございました!大好きな話題についてしゃべり続けることができる、至福の1時間でした。

今回のアカデミー賞、作品賞の行方がすごいことになっているのは勿論のこと、個人的には「ファントムスレッド」の6部門ノミネートと、この作品が衣装賞を獲るかどうかというのが、ものすごい関心事です。そのほか、長編ドキュメンタリーが面白いレースになっていて、この部門の研究もこれから一週間の課題です。アニメーションにBreadwinnerやゴッホがノミネートされたことも快挙というべきで、受賞はCocoに確定しているとしても、あっぱれなノミネーションだったと思います。

なーんてことを先週のラジオで話すつもりだったんですけど、全然時間が足りませんでした。次回話す機会を頂けた暁には、かいつまんで要点のみ残さずしゃべれるよう、今から鍛錬を積みたいと思います。

2018年2月22日木曜日

90回目はかなり楽しい#2

90回目、本当に楽しい。こんなに楽しいオスカーは、私が見始めてから初めてかもしれない。なんせ、10日を残した今日、作品賞の行方が全く分からないのだから。

去年のベネチアで金獅子を獲って以来、フロントランナーと思われてきたShape of Water。一応いまでもフロントランナーには変わりないんだけど、なんかそう思えないのはなぜ?

それは、派手な前哨戦でほとんど勝利をしていないから。ゴールデングローブも英国アカデミー賞もスリービルボードにやられちゃって、なんだか勢いをなくしている感満載。これ、PGAとDGAを獲った作品にはまず感じられないことなのに、なぜこんなに不利な感じがするのだろう。

おそらくそれは、#Me Too #Time's Up 運動に代表される、社会的な背景があるのではないかな。今年の顔になる主演女優賞を受けるには、サリー・ホーキンスは印象が弱すぎる。まだ映画を見てないからよくわからないけど、サリーの役柄がスリービルボードの主役より強いわけがないような気がするのよね。その時点で、今年らしくない。

スリービルボードが作品賞を獲るには不利な点ももちろんあって、何よりも監督賞のノミネートをなぜかされなかったこと。私が見始めてからのオスカーでは、それでも作品賞を獲ったのは2本しかなくて、一つは最初の年89年度の「ドライビング・ミス・デイジー」。この年はビデオが擦り切れるほど見た授賞式で、なんといってもダニエル・デイ=ルイスが初受賞した年。同時にグローリーでデンゼルが初受賞した年。本当に素晴らしい授賞式でした。「ヘンリー5世」でケネス・ブラナーに初めてスポットが当たった年でもあったわ。そしてビリー・クリスタルが初司会の年。とにかく何から何まで素晴らしい授賞式で、その時に作品賞を獲ったのが、ブルース・ベレスフォードが完全に無視された「ドライビング・ミス・デイジー」だったわけです。でも、そのあとに監督がノミネートされなくて作品賞を受賞したのは「アルゴ」までなかったはず。「アルゴ」が比較的最近だったことを考えると、同じことが今年起こる確率ってどんなもんなんだろ。

「シェイプオブウォーター」は未見なので、作品に関することは何とも言えないけど、やっぱり女性の権利万歳の今年の風潮を見ると、どっちかというと「スリービルボード」に利があるように思えてならない。BAFTAの状況見ても、結局やっぱりまたみんな黒装束で現れて、ハーヴィ・ワインスタインに中指立てて終わるような授賞式になるのではないか、と思えてならないのです。

もう一つ加えて言うのなら、去年並みの最大のアプセットがあるとしたら、それは「ゲットアウト」の作品賞。これは万馬券が当たるよりもオッズが低い(高い?)と思うので、まず可能性はないと思うけど、フォックスの2本以外に獲る可能性があるとしたらこれしかない。これが獲ったらある意味、去年の「ムーンライト」よりもすごいと思う。ブラムハウス制作の娯楽ホラーだからね。めっちゃ面白かったけど。

いずれにしてもあと一週間。これが終わったらまた1年待つのかと思うとつらいけど、来週末は楽しみでしょうがない。

2018年1月24日水曜日

90回目はかなり楽しい

昨日のノミネーション発表は、近年まれにみる面白さだった。

なによりも、Phantom Thread!!!!!

ここまで組合の賞にことごとく無視されて、もはや主演男優賞すら危ないかもと思っていたところの6部門ノミネート。しかも監督は「スリービルボード」を押さえてのノミネートです。すごいすごすぎる。助演女優賞でレスリー・マンヴィルの名前が呼ばれたときに、もしや???と思ったものの、いやあほんとに来るとは思わなかった。まさかの監督賞。そして作品賞。一人で狂喜乱舞しましたよ。映画まだ見てないけどね。

今回は、生のダニエル・デイ=ルイスを見る最後のチャンスかも知れない本当に貴重な生放送です。もちろん会社は休みます。6部門ノミネートされた瞬間に決まったね。私は絶対休むよ。

昨日のノミネーションは、この個人的な満悦を除いても、本当に面白い結果になりました。一番大きいのは、監督賞が外れたことで作品賞のフロントランナーが何なのか、本当にわからなくなったこと。GGの結果やSAGの結果だけ見ると、「スリービルボード」が明らかに一歩リードだったけれど、監督賞にノミネートされずに作品賞を獲った作品は今までに本当に少ないのです。最近では「アルゴ」がそうだけど、その前になると「ドライビング・ミス・デイジー」まで私は思いつかない。ギレルモ・デル・トロの監督賞はかなり濃厚だと思われていて、13部門のぶっちぎり最多ノミネートやPGAの結果を考えると、どう考えても現時点では「シェイプオブウォーター」が頭一つリードする状態になっちゃったのよね。しかも、この二本は同じ配給会社なんですよ。一体どっち押すんだろ。こうなってくるとBAFTAの結果ががぜん意味を生んでくるわけで、珍しくBAFTAに注目です。実際の投票メンバーとかそういうことじゃなく、風を読む意味でBAFTAの結果はかなり重要になってくると思うので。私もこれから一か月、悩みに悩もうと思います。

そのほかにもいくつか興味深いノミネーションがあって、最初に興奮したのはMUDBOUNDの撮影賞。史上初の女性撮影監督ノミネートです。これは本当に良かったと思う。素晴らしいことです。この作品を編集した日本人、上綱麻子さんも喜んでいることでしょう。びっくりノミネートとしては、編集賞のI, Tonyaですね。リレハンメルを見てた世代ならだれもが覚えてる、トーニャ・ハーディングのナンシー・ケリガン殴打事件。加害者とされた彼女の半生を描く作品です。ハーディング、たぶんオスカーにも来るだろうな。彼女にとっても、ここでなんか救いがあってよかったよね。この作品はまだ見てないけど、脚本はとても面白かったです。早く見たい。それと、ケヴィン・スペイシーの代役でいきなり映画に出させられちゃったクリストファー・プラマーのノミネートも驚いたけど嬉しかった。88歳、堂々の最年長ノミニーです。いつまでも元気でいてほしい。Darkest Hour の健闘も結構びっくりしたけど、これでオールドマンは受賞しやすくなりましたね。そもそもする予定だけど。

というわけで、かなり楽しい今年のオスカー。主要な俳優部門は正直、SAGやGGと違う予想をするのが難しいけど、アプセットがあるとしたら主演女優か助演女優かなあ。オールドマンとロックウェルは固い気がする。今更ウィレム・デフォーはもう難しいと思うのよね。サリーはBAFTAで受賞の可能性はかなりあり得ると思うので、そこで受賞するとちょっと勢いづいてアプセットの可能性を感じるんだけど、なんか彼女、友達少なそうだし、マクドーマンドの人気を見ると、やっぱりマクドーマンドに行くのかしらね。つまんないけど。

いずれにしても、今までになく予想がつかない楽しい展開。これからの一か月、わくわくドキドキが止まりません。その先にあるのが、ダニエル・デイ=ルイスの最後の姿だと思うと、悲しくて立ち直れなくなりそうなので今はまだ考えないでおこう。

個人的にはレスリー・マンヴィルが興奮の頂点だった昨日のノミネーション、一番楽しい季節の到来です。今年もラジオでしゃべる予定。ちゃんと準備をしなくては。