2018年5月18日金曜日

レバノン映画の衝撃ー第71回カンヌ国際映画祭

70回の節目を過ぎ、71回目を迎えた今年のカンヌ映画祭。ケイト・ブランシェットをはじめ、豪華な審査員のわりに地味なラインアップで迎えたコンペティション部門には、日本映画2本を含むアジア映画がずらり。なんだか不安、と思いつつ明日はもうクロージングですが、ここまでで評価が高い作品は軒並みアジア映画です。素晴らしい!

そんな中、私が本当に感動した作品は、レバノンの女性監督ナディーン・ラバキーのCapernaumなる作品。タイトルを発音するのも覚えるのも無理なんだけど、本当に素晴らしい心にしみる作品でした。

舞台はレバノンのスラム街。主役は12歳のゼインという名の少年。出生証明もIDも持たず、無数の兄弟姉妹とその日暮らしの彼は、一番心を許している一つ年下の妹が、数羽の鶏と引き換えに地主の男に売られた時、絶望して家を出る。別の町にたどり着き、不法移民の女性ラヒルのもとで、彼女の赤ん坊ヨナスの面倒を見ながら暮らし始めるが、ある日ラヒルは姿を消してしまう。ゼインはヨナスを連れ、ラヒルを探し回るが。。。

12歳の主人公ゼインは、ほぼ全編にわたり一人で映画を引っ張る。1歳足らずの黒人の赤ん坊ヨナスが、となりで彼の演技を支える。2時間余りの作品で、観客の目をくぎ付けにして離さないこの二人の演技。一体監督は、どうやってこの演技を引き出したのだろう。作品は、レバノンの古く雑然としながらも美しい街並みや、この社会の不条理、貧困、無教養、犯罪という悪の連鎖を次々と描き出し、私たちの胸は締め付けられると同時に、時折出てくるユーモアに救われる。絶妙なバランスの見事な腕。私より一つ年下のアジア人女性監督が、こんな素晴らしい作品を作っているなんて。感心と感動が一緒に押し寄せた。

この作品の成功には、編集者の力も相当大きい。今アメリカで活躍する日本人編集者の上綱麻子さんと先日食事をしたときに彼女が言っていたことを思い出す。映画とは、監督の制作物であることは勿論だが、数百もあるショットの中から、俳優のベストの演技を選び出してつなぐのは編集者の仕事。だから、編集者とは俳優との間に直接的な特別な関係があり、俳優の演技を生かすも殺すも編集者の腕にかかっている。この話を聞いてから、私はずいぶん映画の見方が変わった。今回の作品はまさに、何時間も取り続けたであろう赤ん坊の演技を選りすぐり、全く不自然のない形で見事に繋げた編集者の勝利でもあると思う。

いつもより一日早く始まった今年のカンヌ映画祭は、明日の土曜日授賞式を迎える。Capernaum がどの賞を獲るのか獲らないのか、これはもう審査員の一存によるものなのでどうしようもないが、ジェーン・カンピオン以来の女性監督パルムドールがこの作品だったら、とても嬉しいなと思う。そこに行かないのなら、せめて監督賞か主演男優賞、もしくは編集賞のどれかが獲れると良いな。その先にあるのは、来年のアカデミー賞外国語映画賞。ぜひ5本の一本に残ってもらって、レバノン初受賞を見せてほしい。

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